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那智勝浦町に初めてカフェ文化を持ち込んだ、鳥羽山さんが大事にしたかったこと

|港町の商店街に佇む憩いの場―cafeアマアイへ|

世界遺産「熊野古道」や、日本一の落差を誇る「那智の滝」といった県内屈指の観光地を有する、和歌山県那智勝浦町。その玄関口である紀伊勝浦駅から、生マグロの水揚げで有名な勝浦港へと続く大通りを歩くと、ゲストハウスや土産物屋、居酒屋などの並びの中に、ひときわ大きなガラス戸の店が現れる。

ガラス戸には直筆で書き込まれた営業時間の文字。店前ではその日のメニューが書かれたブラックボードと、オシャレな観葉植物が出迎えてくれる。ガラス戸の奥をのぞくと、コーヒーや食事、読書や会話を楽しむお客さんたち。入店前から漂う心地良いカフェの雰囲気が心を躍らせる。cafeアマアイ。地元那智勝浦町出身の店主、鳥羽山恭兵さんが2012年に開店した、港町のひとときを彩る小さなカフェだ。

実家の空きスペースを改装して運営するcafeアマアイ。鳥羽山さんのご両親が魚屋をしていることもあり、入口のすぐ左側ではマグロなどの魚を販売している。ワンコイン以下で買える手頃なパックもあるので要チェックだ。

コーヒーやソフトドリンクはもちろん、店主のこだわった料理やデザートやアルコール類まで、幅広いメニューを揃える。ランチの人気メニューは、鳥羽山さんが「時代が変わっても、これは間違いない」と自信を持ってすすめる「チキンカレー」「豆たっぷりカレー」、そして「塩豚とレンズ豆煮込み」。いずれも開店当初から愛される鉄板の味だ。

また、イートイン・テイクアウトともに高い人気を誇るのが、ガトーショコラとバスクチーズケーキだ。それぞれ、メインのチョコレートやチーズをふんだんに使用し、シンプルな材料で作った生地をオーブンでじっくりと焼き上げる。


ガトーショコラは、濃厚な味わいで口の中で優しくほどける。味がしっかりしているので、ウイスキーやブランデー、赤ワインなどお酒のアテにもするのもおすすめだ。バスクチーズケーキを一口食べれば、焼き目の香ばしさとチーズの芳醇な香りが広がる。こちらはハイボールや黒ビールとよくあう。美味しさは、どちらも固定ファンがつくほどの折り紙付きだ。

きれいに盛り付けられた週替わりのランチプレートも人気メニューの一つ。週毎のラインナップは、公式のInstagramで配信される。

|地元にカフェ文化を――Uターンした店主の想い|

那智勝浦町で生まれ育った店主の鳥羽山恭兵さんは、スケボーやインディーズ音楽にどっぷりとつかった青春時代を経て、大阪の大学へ進学した。卒業後は東京のカフェに就職し、調理技術やカフェ運営などを学んでから那智勝浦町へUターン。cafeアマアイを開いた。

那智勝浦町に戻ってくるきっかけとなったのは、働いていたカフェの系列店で、店長への昇進の話が持ち上がったことだった。迷った結果、自分で独立して店を開きたいと考えた鳥羽山さんは、物件を探す中で、実家の一階の一角で魚屋をしている親の話を思い出したという。


鳥羽山「実家が駅と有名なホテル(ホテル浦島)のちょうど通り道なので、観光客がよくパックに入ったマグロのお刺身を買ってってくれると。それにプラスして『地元の人も買いに来るから、結構人通りというか、立地はええよ。結構売れるし、忙しいんやで』って親から聞いていて。あれ、隣にスペースあるよなって。ならやってみようかな、っていうので。帰ってきました」

地元に帰って店を開くにあたって、鳥羽山さんが大切にしたのは地元にないものを持ち帰ることだ。常連のお客さんから、どうせ帰るならなにか新しいものを持ち帰ったらとアドバイスを受け、考え始めた。そこでコンセプトに据えたのが、当時カフェと呼ばれる店がなかった地元に「カフェ文化を持ち帰ること」だ。

鳥羽山「コンセプトとして、カフェ文化っていうのが当時なくて。例えば一人でこういうお店にきて、ちょっと本読んだりとか、書き物したり、パソコンしたりとかって、この辺の人ってあまりしないでしょう。そういうことをしてもええんやでっていう、そういう場所にもしたかったっていうのもあります」

そうしたコンセプトは、当時都会で流行っていたカフェのトレンドを取り入れた空間づくりや、ゆっくり過ごせるソファ席などの工夫にも表れている。実際、cafeアマアイを訪れるお客さんには、本を読んだり、仕事をしたりなど各々の時間を過ごしている人も多い。鳥羽山さんの持ち込んだカフェ文化は、たしかに港町の一角に根付きつつある。

|曾祖父の代から地域を見守ってきた建物とともに、その先へ|

木の梁や鉄骨がむき出しになった高い天井と、その間を這う赤い電線。白い漆喰の壁に、ランダムにぶら下がる裸電球。形や色、素材がそれぞれ異なるのに、まるでこのために作られたかのように空間に溶け込んでいる机や椅子。鳥羽山さんが2010年代前半の東京のカフェをモデルに、DIYも行いながら作り上げたcafeアマアイの空間には、長い歴史がある。

実家の一階部分にあたるこのスペースは、もともと鳥羽山さんの曽祖父の代には、魚の加工場だった。祖父の代にはパチンコ屋に改装された。多くの人で賑わう様子を、子どもながらに鳥羽山さんは覚えている。パチンコ屋はその後移転し、一階は空きスペースに。そして母親の大規模な内職の作業場や、父親のゴルフの練習場として使われるようになった。

cafeアマアイの天井

何代にも渡って活用されてきた空間を受け継ぎ、その良さを残しながら生まれ変わったcafeアマアイ。新たに地元にカフェ文化を持ち込むという目的を果たすとともに、夜にお酒を飲まない人が楽しめる場所や、午後に時間を持て余していた観光客の受け皿にもなってきた。

今後は、そうした人たちはもちろん、徐々に戻りつつあるインバウンドのお客さんにも楽しく来てもらえる場所にしたい、と鳥羽山さんは意気込む。

また、カフェとしての顔に加え、cafeアマアイが地域の人たちから人気を集める理由の一つが、店舗を活用したイベントの存在だ。現在はコロナの影響に配慮して開催を控えているが、コロナ禍になるまではアーティストを招いての音楽ライブやDJイベントなどを度々行ってきた。

2022年11月にcafeアマアイで開催された音楽イベント。いつもは落ち着いた店内が、この時だけライブ会場へと早変わりする。普段は広く余裕があるように感じられる空間も、ライブとなると一気に狭く熱気に満ち溢れたものになる。ライブの告知はSNSから

そんな鳥羽山さんが現在目論んでいるのは、メディアAkato関連のイベントをcafe雨間で開催することだ。例えばスケボーイベント。地元の写真家が切り取った地元スケーターのパフォーマンスの写真を店内に展示するとともに、店内に低いバンカーを作って実際に技を披露してもらう。

鳥羽山 「スケボーのイベントみたいなのを、集客はできるかわからんけど、やったら絶対かっこええやろなって思って。ちょっと、準備が大変そうやけど。だって、これ普通のお店やったら、絶対やらないでしょう、スケボー。ここ飛んでいったら危ないし。でも、ええと。壁が破れたら破れたらそれでええわ、一緒に直そうって(笑)」

今回は、カフェやイベント会場、そしてここに至るまでの経緯まで、cafeアマアイの味わい深い歴史に触れてきた。それらの背景から、鳥羽山さんが新たにカルチャーメディア「Akato」をスタートさせた理由が少し垣間見えたのではないだろうか。次回以降の記事も楽しみにしてもらいたい。

(文:池山 構成:山口 編集:辻本 写真:丸山)

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